講師 山門水源の森を次の世代に引き継ぐ会事務局長 冨岡 明 先生
先生は2012年より森林キーパーとして山門水源の森の保全活動に従事されています。
1. 山門水源の森の特徴
福井の分水嶺を源として琵琶湖淀川水系の一部を構成し1400万人の飲料水として利用されています。
生活、生産、防災に深くかかわる水です。
水源を守ることは森を守ることですから、もう少し森の状態に関心を持つべきと思いますがいかがでしょう。
位置的な特徴
日本列島の背骨である中央分水嶺がと通っていると同時にバイオームの違いがよく観察できる場所です。
バイオームとは:気候の違いで生育する植物に違いが現れます。
特に平均気温を横軸に降水量を縦軸にしてグラフ化する植生を明確に現わすことができます。
山門水源の森は降雪地帯なので降水量が多く、平均気温が10℃程度で比較的温暖な場所です。
冬に葉を落とし夏に緑の葉をつける夏緑樹林と冬にも葉を落とさないツバキやモチノキなどの照葉樹林の境界地域にあります。
どちらの樹木も育ちますが北か南かなど山の斜面の向きによって植生がはっきり分かれている場所が多く見られます。
また、分水嶺の標高が低く風が容易に山を越える為、冬は豪雪になり、夏は暖気に覆われる気候です。
植生が混じりあう要因です。豪雪地帯の傍でミカンの栽培も行える場所です。
・北日本の夏緑樹の代表であるブナと温暖な地域の代表であるアカガシの照葉樹林が両方森を構成しています。
・照葉樹のツバキは北のユキツバキが繁栄し、南はヤブツバキが繁栄しています。
山門の森ではその交雑種であるユキバタツバキが多く見られます。
・4万年前から続いている湿地があります。
そこに氷河期からの生き残りの植物ミツガシワが自生しています。
日本の湿地は役に立たないという理由で埋め立てられてしまう事が多いのです。
湿地の植物、水生昆虫、両生類の住む場所が消えているのです。
山門水源の森にはたくさんの水が必要な生き物が生息しています。
・今は森ですがかつては生活と密接につながっていた里山でした。
炭焼きの窯跡もたくさん見られます。
山門はかつて大陸との玄関口である敦賀との交易ルート上にあり、1000年以上前から人々に歩かれてきた街道上にあるのです。
昭和38年にはエネルギー革命で炭焼きは消滅し森の価値が撃滅し1980年ごろには植林地の価値も低下してしまいました。
それでも数少ない自然環境が残っていることが一部で知られていました。
そして1987年の山門湿原研究グループの調査からバブルの終わり時点で滋賀県が公有地化し2001年に「山門水源の森を次の世代に引き継ぐ会」が設立され、森の価値を伝えながら現在に至っています。
2. 姶良火山と水月湖
アイラ火山は鹿児島湾北部に巨大な火口があるカルデラ火山です。
約29000年前に大噴火して日本中をその火山灰が覆いました。
日本全国を掘ればその地層を見つける事ができるので、発掘調査の年代基準になる地層として有名なのです。
水月湖は三方五胡の一つで古代から存在していた湖で海水や河川の流れが無く湖底に7万年以上の地層の年輪が外乱なく残されていることで年代測定の世界標準として貴重な場所なのです。
周囲が山に囲まれ波が立ちにくく、湖底に酸素がほとんどない為生物もいません。
さらに周囲の断層の関係で少しずつ沈下を続けていて積もった地層が長く保存される環境が奇跡的に保たれているのです。
山門水源の森でもボーリング調査が行われ、地層の年代鑑定や体積物の植物化石から水源の森は約4万年前に形成されたと推定されています。
3. 森の保全と再整備
昭和38年以前から放置状態でしたのでクマザサが生い茂り、道が見えない状態でした。
下刈りをすると多くのササユリが咲くようになりました。
ササユリは花が咲くまでに7年かかり、その後5年咲いて一生を終える植物です。
手間はかかるがかわいい植物です。
ナラ枯れも発生しています。
原因はカシノナガキクイムシが産卵のために入り込み、この虫に付着した一種のカビのような病原菌によってコナラやミズナラが枯れています。
樹齢の大きい木が狙われやすいのですが、昔は炭焼きのために15~20年サイクルで木を切っていた為に被害が抑制された可能性があります。
シカ害も目立ちます。
皆伐実験も行いました。鹿を除外するネットで囲われてエリアとそのままのエリアを設けて比較しました。
鹿の入るエリアでは鹿が食べない植物は増えましたが、他の生物のための植物は育成しませんでした。
昆虫や鳥の好きな落葉樹の混じった多様性のある森にするためには鹿を放置する事は出来ないようです。
2000年代から鹿が増え始め、ミツガシワの群落が撃滅しました。
2013年からササヤブに異変が現れ、3年で大方が消滅してしまったのです。
気候変動もあり、鹿だけが原因ではないかもしれませんが大きな要因の一つです。
夜間に高さ1.5mまでの空間の植物を食べつくすほど食欲が多盛です。
世代交代の植生を食べつくすので植物の世代交代が妨げられるのです。
人害もありました。
希少植物をマニアが乱獲し撃滅させてしまう事件も起きています。
県有林なので公開の原則があり防ぐことが困難な課題です。
4. 最近の課題
最近の7年間は鹿との闘いです。
鹿は水源の森の先住動物です。
むやみに殺すこともできないのでどうバランスを取れば良いのか模索が続いています。
貴重な植生を守るために坊獣ネットを張りますが、三日に一度は破られ、小さな穴は翌日には大穴になっています。
雪が降れば破損するので降雪前に降ろし、雪解け前に再設置することも不可欠です。
個別に守る場所には金網を設置します。
霊仙山では対策が遅すぎた結果、山頂付近の広大な面積で草原化が進行しました。
もともと笹原と低木林でしたが低木も絶滅状態です。
伊吹山でも草原化の結果、南斜面で土砂が流れ登山道が破壊され危険な状態になりました。
鹿の絶滅の危険のない適正生存数は2~3頭/K㎡とされています。
実際の生存数の計測では2015年で98頭/K㎡、2018年で25頭/K㎡、2023年で8頭/K㎡と現象していますが適性値の4倍です。
少なくなれば捕獲も困難になり数のコントロール方法が見いだせていません。
近年では欧米の考え方を取り入れ、獣害という意識から野生動物管理と言う視点に変わってきています。
被害の管理、個体数の管理、生息環境の管理と言う3つの視点からの保全が必要になっています。
5. 森の生態系と土壌
森には多くの植物が育ちそれを食べる動物が生きています。
植物は葉を落とし動物の排泄物などと共に土壌を作っています。
動物も植物もやがて土に返えるサイクルが回っています。
この土壌は長い年月をかけて蓄積されてもので有効な土の厚さは20㎝程度です。
1cm作るのに100年かかると言われていますから大変な年月の積み重ねで作られているのです。
豪雨災害でこの土壌が流されれば森の生態系の根幹が無くなるに等しいのです。
生息環境の管理という意味では最も重要な点です。
人も森からたくさんの恵みをもらっているのです。
・きれいな水と酸素
・二酸化炭素を蓄えて温暖化を押さえる
・いろいろな生命を育み多様性を保つ
・暮らしに必要な木材や薬の材料を生み出します
・水を保持し災害を防ぐ
山門水源の森を知って多くの人に関心を持ってもらいたいのです。