琵琶湖の水環境の変遷と今後の課題

琵琶湖の水質は徐々にきれいになっている。しかし、湖魚は少なく、漁獲量は減り続けている。このバランスをどのようにコントロールできるのか過去半世紀の変化を見ながら考えるのが今後の課題です。

1. 琵琶湖の水質形成のメカニズム

琵琶湖周辺に降る雨は山、森林、田畑、市街地から琵琶湖に集まり蓄えられます。この間に生活排水、畜産上からの排水、田畑からの排水により多くの有機物、化学物質が琵琶湖にもたらされます。水質には特にチッソとリンが重要です。流れ込んだチッソとリンは植物の生育に欠かせない要素として植物に吸収されると同時に植物性プランクトンを発生させます。それらを小魚が食べ、さらに大きな魚が食べます。魚が死んで湖底に溜まると底生生物が食べ動物性プランクトンも発生します。さらにこれらを魚が食べるという食物連鎖が起こっているのです。バランスが保たれている時、生態系は保全され水質は適切な状態といえるのです。 

2. 琵琶湖の集水域の環境変化

土地利用の変化として一番にあげられるのは住宅、商工業地域の増加に伴って、水田が減っている事です。
 山林63%、道路市街地15%、その他2%水田20%であるが水田の30%は麦・大豆に転作されています。滋賀県の人口の増加 1970年代が約90万人→2010年代140万人 で生活排水が増えています。特に大津、草津、栗東などの南部の人口が増えていることが顕著です。

3. 琵琶湖総合開発の影響(1972年~1995年)

高度成長期に京阪神で水需要が増大したことで実施された琵琶湖総合開発が現在の状況に大きな影響を残したことは確かです。水を下流に供給するだけでは滋賀県にはメリットが無いので、バランスを取るため滋賀県にも多くの地域内開発事業が計画実行された結果が現状です。
水需要に応えて貯水量を増やす為には洪水被害を防ぎながら貯水量を増やす必要があります。その為には、湖岸を高く強固にすることが不可欠です。また供給量を増やすために瀬田川を深く広く浚渫し、南郷に洗堰を建設し水量を制御できるようにしました。

4. 総合開発の結果

滋賀県側には湖岸道路が整備され、湖岸には多くの公園も整備されました。結果、多くの内湖が失われ、すべての岸を覆っていたヨシ原もほとんど無くなりました。見返りとして滋賀県側には圃場整備し高くなった農地に琵琶湖の水を供給する逆水灌漑施設が整備され、逆に深田だった水田には排水ポンプを設置しました。結果:多くの湖魚の産卵場所だった水田が産卵できなくなり湖魚の減少を招きました。また、上水道の整備、下水道の整備も行われ全国的にも滋賀県は早くから整備が進み、蛇行した河川の整備、アユの産卵場の整備、漁港、港湾の整備なども総合事業として行われています。結果、田も整備され農業も近代化され、公園も広くなりましたが、琵琶湖は自然湖から人工湖になり、重要な渚は道路と公園になってしまいました。また、近代化された農業では一斉に代掻き、田植えが行われるので、農業濁水の問題が顕著になりました。干渉地帯であった湖岸の葭原は失われていますので、河口付近の琵琶湖は沿岸が泥水に覆われてしまします。このエリアに生息していたエビ類、シジミなどに影響が出ているのです。

5. 琵琶湖の水位調節の基本

琵琶湖の水位は梅雨から台風の時期に備えて水位を低く抑え、その他の時期は貯水するのが基本です。基本は6月から放水し、10月中から貯水することになります。湖岸の水田の整備と湖水面の調節により、湖魚が産卵できて稚魚が生まれても生息場所が干上がることも増えてしまいました。

6. 琵琶湖の水質の変化

琵琶湖の水質は定点を決め毎月測定されデータ化されています。重要なものは植物プランクトンの多さを示すクロロフィルa、チッソ、リン、塩素イオン及び水温です。
 1)クロロフィルaの変化
北湖では変化はありませんが、南湖及び瀬田川では減少しています。しかし近年2010年ごろから増加に転じた傾向があります。この指標は植物プランクトンの多さを表すので多いと赤潮の原因になります。一時問題になったが最近は発生していません。
 2)チッソの変化
浄化層からの排水に多くの努力が注がれたが、大きな変化はありませんでした。しかし、2000年ごろ排出チッソを減少させるバクテリアの技術が確立し、減少傾向が顕著になりました。
 3)リンの変化
リンは比較的除去しやすい物質と言えます。洗剤の無リン化によって1975年ごろをピークに減少を続けています。 
リンと相関関係にあるのが赤潮の発生です。リンが多いと発生頻度が高まることが明白で、2010年以降はほぼ発生はしていません。
 4)塩素イオンの変化
塩分濃度のことで除去することが困難な物質です。北湖、南湖を含めて徐々に高くなっています。近年少し下がった年もあったが原因は自然現象で降雨が多く水が薄められた為と考えられています。
 5)水温の変化
近年問題になっている琵琶湖の深い部分の酸素濃度に関係しています。湖底で酸素濃度が下がるとそこに生息している生物が死んでしまい、それを捕食する魚も生きられないので、湖自体が死んでしまう可能性があります。
本来、冬は寒く湖水の表面が冷やされれば、水の密度が高くなり微少だが重くなって下に沈みます。この現象によって湖の水は上下に循環しているのです。2019年、2020年は北湖の水深100m付近で酸素濃度ゼロを計測し、エビ類の死骸も検出されました。琵琶湖は北湖の今津沖に最深部があります。

7. 琵琶湖の水質の変化 まとめ

・ 富栄養化問題はチッソ、リン、クロロフィルの濃度低下で抑制され水質はよくなっています。
・ 塩素イオンなどの保存物質の濃度は徐々に高くなっています。不明な部分も多く注意が必要であります。
・ 最深部の酸素濃度の低下は温暖化によって顕著になる可能性がありますが、今のところ一時的な問題と考えられ注意が必要な問題です。
・ 水質は改善されていますが、現場の漁師からは水質が悪化しているという意見が多いです。魚や貝類の減少もあり今後の問題です。
  透明度が上がったことで水草が繁殖しやすくなり、植生に変化が起きている印象が大きい可能性もあるし、湖底の泥質化が進んでいる為の現象かもしれません。

8. 琵琶湖に流入する汚染物質の変化

チッソとリンは長期的にみても減っています。これは下水道の普及が進んだ点が大きいです。滋賀県では琵琶湖総合開発の結果として全国平均に比べて高く85%程度までになりました。県最大の65万人の湖南中部浄化センターは帰帆島にあるがその排出口はパイプラインで瀬田大橋の下流に設けられ瀬田川に流されています。よって琵琶湖の南湖には影響がありません。
⑧農業分野の水質保全の取り組み
1996年に環境と調和した農業・農村をめざした農業系水質保全対策としてみずすまし構想を制定しています。水を少なくして田植えをする方式として、浅水代掻き・田植えと同時に肥料を土に埋めるコーティング肥料の導入など流れ出す水を少なくする努力が行われています。

9. 琵琶湖における現在の課題

水質を改善するだけではなく、総合的に良い状態に保つための指標は見つかっていません。
例えば、琵琶湖総合開発以降、水質は改善したがシジミの漁獲量は1/8に減っています。アユ、フナ、エビも減少しています。これらの原因調査はこれからです。
在来魚の少なくなった想定原因
1)外来魚による捕食
2)内湖の干拓、圃場整備、河川工事により、生息場所、産卵場が少なくなった。
3)琵琶湖の水位操作が稚魚の育成に悪影響している
4)農業用水への取水により川が干上がっている
5)これまでの水質改善対策で貧栄養化が進んでしまった。

★アユ、ホンモロコ。エビ類は栄養塩の供給量が減少と相関していることが分かったので、適量を供給する必要がありそうです。
★水質改善を重視した施策から漁業、農業、林業の持続性と生態系保全を考慮した施策が求められています。