縁に生きる

講師 佛教大学名誉教授 田中 典彦 先生

学生時代にインドへ留学され仏教哲学を学ばれた先生に体験を交え、これからの生き方について講義していただきました。
人は残念ながら、自分のことが良く見えていません。
今までの自分を振り返って「自分というものがどういうあり方をしているのか」振り返りましょう。
その上で、自分の求めている生き方はどのようなものか、求めている幸せとは何かを見つけましょう。

1. すべては縁起

突然ですが、水素分子と酸素分子がお互いに関係して水の分子を作っています。
条件がそろっているから安定して存在できています。
結果、我々は水を物として認識しています。
縁起とは、すべての物はお互いに関係し、相互に影響しあって存在するという考えです。
この考えは、仏教の世界観の根本です。
いろいろな条件が関係して空間に物として存在しているだけでなく、時間的にも過去の結果として今の自分があるのです。
物事は幾重にも重なった縁起の中に存在しているのです。

2. 今、考えるべきは自分

人も縁起の状態が現れているものという事になります。
縁起思想において人は心を持っているので、五蘊(ごうん)が相関わり合いながら現れている状態とされています。
五蘊とは「色、受、想、行、識」であり、これらが同時に存在して人間が現れると考えられています。
これらの言葉は般若心経にもでてきます。
色蘊(しきうん):物質的存在を示し、人間の肉体を意味します。
受蘊(じゅうん):感覚作用を示し、人間の感覚を意味します。
想蘊(そううん):表象作用を示し、人間の思考やイメージを意味します。
行蘊(ぎょううん):意志作用を示し、人間の意志や行動を意味します。
識蘊(しきうん):認識作用を示し、人間の知覚や認識を意味します。
人はその時の環境や条件が縁として働き、今の姿として現れる訳です。今の自分は過去の自分の因果(原因の結果)として現れているという思想です。
仏教のもう一つの特徴は、人は人間関係を含む環境の中で人生を歩んでいると捉えることです。
人は環境や他の人達と無関係には生きてはいないのです。
私が因で、周りが縁です。
私が変わると縁が変わります。
そして私を含めた全体が変わります。
環境が変わると私が変わり、全体が変わることになるのです。
★ここに加わるのが、佛教が重視する業です。
仏教は行為が人間を形成することを教えています。
業とは行為と行為が残す余勢と理解されます。
一つ一つの行為は瞬時に終わっていきます。
しかし、その行為には後に余った勢い、余勢を残すと教えられています。
この余勢が因と縁で成り立っている私の瞬間の縁の一つとして働いてきます。
行為が人格を形成するものであるとも言われているのです。
このように捉えてみると、人は実に複雑なあり方をしています。
このような在り方を仏教では五蘊仮和合と言っています。

3. 心に響く言葉

●一番大事なタイの話
心ひとつで、飲みたいもの、食べたいもの、行きたいところ、したい事を決めることができるのは人間だけなのです。
私たちの心の中にはいろいろな思いが詰まっています。
時に、苦しい時も辛いことありますが、同じ心が自分の生き方を豊かにするものであることも知っておいてほしいのです。
自分の生き方を豊かにするものは、欲望ではなく楽しみ、夢と言います。
一番大事な「たい」を見つけてほしいのです。

●「花一輪が開くにも天地いっぱい総がかり」
仏教の教えでは私と言われるものは因縁によって成り立っています。
因縁は縁起とも言います。
因とは最も大事な原因です。
この世に生きていく私にとって最も大事なすべての原因は私に他なりません。
私と呼ばれるものは私一人で成り立っているものではなく、周りの環境があってこそ、今の私があるのです。
他のすべての物との関わりの中で私が生かされているのです。
「花一輪が開くにも天地いっぱい総がかり」は石川洋さんの言葉です。
同様に人ひとりが生きていくにも天や地や周囲の人の関わりが無ければ人間として生きてゆくことがなしえません。
私が最も大事な因、そして自然を含めた周りのすべての物が縁です。
因は縦糸、縁は横糸なのです。
因が変われば、縁も変わり、因縁果として私が変わる。
縁が変われば、因も変わり、因縁果としての私が変わるという在り方をしているのです。

●人生って?
思いは人それぞれにたくさんあります。
言葉にして、考えて、想い(すがた心)アイデアにしましょう。
自分のやりたいことを持つと自分が変わります。
そうすれば周りも変わり、友や周りが助けてくれるようになります。

●自分の思いを調えよ
自分を振り返って、何がやりたいか?何ができるか?考えてみましょう。
自分が楽しい事、大事な事を見つけましょう。

●Don’t sleep through your life!
「ぼーっと生きてんじゃネーヨ」
 ・「学んだ知識を生きる力へ」「積み上げた経験を生きる力へ」
 ・念の心を → 今していることに心を通わせて →「今に心を」「一生懸命」
  心を通わせて何事もやれば自分に返ってきます。
 ・楽という漢字は楽しむ(たのしむ)と読みます。
 実は、『楽う』と書いて「ねがう」と読みます。
 もともと「楽しむ」と「ねがう」は一体なのです。
 さらに言うと、「ねがう」は『幸う』とも書きます。
 つまり、「ねがう」=「楽う」=「幸う」ということです。

●おばあちゃんの教え 
 大事なことは「知情意」
 知   見分ける力  分別することは知識につながる
 情   情けの心  社会性
 意   やり遂げる意思 生きる力 

●人生とは今日1日の事である。
朝は希望に起きよ
昼は努力に生きよ
夜は感謝に眠れ
今日1日をしっかりと生活することが大事です。

4. 付録:般若心経

講義の中に「般若心経」がでてきましたので調べてみました。
正式には「般若波羅密多心経」と言います。
般若心経は般若経典の一つで仏教の真髄となる教えが凝縮されているそうです。
インターネットの解説からまとめましたので、正確性はご判断ください。
解説(青字が意味です)
仏説(ぶっせつ) 摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみたしんぎょう)
 仏様の教え 非常に素晴らしい智慧の完成の為の教え
観自在菩薩(かんじーざいぼーさー) 行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー)
 観音菩薩は智慧を完成させる修行中に気づいた
照見五蘊皆空(しょうけんごーおんかいくう) 
 五薀(色、受、想、行、識:物体、感覚、思考、行動、心)はすべて空だとはっきり分かった。
度一切苦厄(どいっさいくーやく) 舎利子(しゃーりーしー)
 この世の苦しみから一切解放された。 舎利子さん(修行中の人への呼びかけ)
色不異空(しきふーいーくう) 空不異色(くうふーいーしき)色即是空(しきそくぜーくう) 空即是色(くうそくぜーしき)
 肉体は空と同じです。これを違う言葉で4回諭しています。
 空すなわち実態がない。
受想行識(じゅそうぎょうしき)亦復如是(やくぶーにょーぜー)
 私達の感覚、思考、行動、心もまた同様に空なのです。
舎利子(しゃーりーしー) 是諸法空相(ぜーしょーほうくうそう)
 舎利子さん この世のあらゆるものは空、すなわち実態は無いのです。
不生不滅(ふーしょうふーめつ)不垢不浄(ふーくーふーじょう)不増不減(ふーぞーふーげん)
 生まれることも滅することもなく、汚れることも綺麗になることも、増えることも減ることもない。
是故空中(ぜーこーくうちゅう)無色無受想行識(むーしきむーじゅーそうぎょうしき)
 この世は空だから、体も心も無いのです。
無眼耳鼻舌身意(むーげんにーびーぜっしんにー)無色声香味触法(むーしきしょうこうみーそくほう)
 眼も耳も鼻も舌も身も実態は無い。だから声や音、香り、味、触感も心で感じるものも実態は無い。
無眼界(むーげんかい)乃至(ないしー)無意識界(むーいーしきかい)
 目に見える世界も無いのだから、心の中の世界も実態は無い。
無無明亦無無明尽(むーむーみょうやくむーむーみょうじん)乃至(ないしー)無老死(むーろうしー) 
亦無老死尽(やくむーろうしーじん)
 無明(心の迷い)が無くなり、無明の原因も無くなり、究極の苦しみである老死もその原因も無くなります。
無苦集滅道(むーくーしゅうめつどう)
 この世が空であれば、釈迦が説いた心理も無いのです。
無智亦無得(むーちーやくむーとく)以無所得故(いーむーしょとくこー)
 お釈迦様の説いた真理を知ることも会得することも無い。真理さえ無いのだから。
菩提薩埵(ぼーだいさったー)依般若波羅蜜多故(えーはんにゃはーらーみーたーこー)心無罣礙(しんむーけいげ)
 菩薩は智慧を完成させているので、心を迷わすものが無いのです。
無罣礙故(むーけいげーこー)無有恐怖(むーうーくーふー)
 心を迷わすものがなければ、恐れるものは無いのです。
遠離一切(おんりーいっさい)顛倒夢想(てんどうむーそう)
 あらゆる後ろ向きの感情を生む妄想は一切しなくなります。
究竟涅槃(くーぎょうねーはん) 
 苦しみから解放されて安らかな境地にたどり着けます。
三世諸仏(さんぜーしょぶつ)依般若波羅蜜多故(えーはんにゃはーらーみーたーこー)
 過去未来現在の様々な仏や菩薩は言葉で表される智慧ではなく、本当の意味での智慧が理解できて、それをよりどころにしています。
得阿耨多羅(とくあーのくたーらー)三藐(さんみゃく)三菩提(さんぼーだい)
 完全なる悟りを得て苦しみから解放されています。
(サンスクリット語の音を漢字に置き換えた文で文字に意味はありません)
故知般若波羅蜜多(こーちーはんにゃはーらーみーたー)
 だから、智慧の完成とはどのようなものかを知るべきです。
是大神呪(ぜーだいじんしゅー) 是大明呪(ぜーだいみょうしゅー) 是無上呪(ぜーむーじょうしゅー)是無等等呪(ぜーむーとうどうしゅー)
 智慧は計り知れない力を持った、他に比べるものが無いほどの最上のご真言です。 
能除一切苦(のうじょいっさいくー) 真実不虚(しんじつふーこー)
 すべての苦しみを除いてくれる、偽りの無い真実です。
故説般若波羅蜜多呪(こーせつはんにゃはーらーみーたーしゅー) 即説呪曰(そくせつしゅーわつ)
 智慧を完成する上で、次のように教えられたのです。(観音様が教えたご真言) 
羯諦(ぎゃーてい) 羯諦(ぎゃーてい) 波羅羯諦(はーらーぎゃーてい) 波羅僧羯諦(はらそうぎゃーてい)
菩提薩婆訶(ぼーじーそわか) 
 真言ですからそのまま唱える言葉です。
 あえて訳すと、行く者よ、行く者よ、苦しみの無い安らかな地へ行く者よ、悟り、幸あれ。
般若心経(はんにゃしんぎょう)
 以上が智慧を完成する為の真髄です。