講師 滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 専門研究員 佐藤祐一 先生
1. 琵琶湖問題の変遷
琵琶湖の環境の変化は経済の発展、生活の利便性、快適性、安全や安心を求めた結果として生じたものでした。
環境対策の歴史を振り返ると、生じた問題に対策を講じると従来の方法では対処できない課題が浮かび上がるという事の繰り返しでした。
長年、水質問題に取り組んできましたが、今は相互に絡み合った多様な問題が顕在化し対策が難しくなっています。
2. マザーレイクゴールズ(MLGs)
2000年に琵琶湖の総合保全のためにマザーレイク21計画が滋賀県によって策定されました。
基本理念は「琵琶湖と人との共生」です。2010年、2020年、2050年にそれぞれ目標を定めて、琵琶湖を健全な姿で次世代に継承しようというものです。
これを受けて、2010年までに多様な市民が集まり、琵琶湖の将来像を作る研究会が始動し、7つの目標と21のターゲットが「びわ湖との約束」として作成されました。
一方世界の環境問題に目を向けると2015年にSDGsが国連サミットで採択されています。
もちろん琵琶湖の環境問題にも当てはまるはずですが、国際的な目標で私たちが目にしている琵琶湖に対する目標とするには現実感がありません。
そこでSDGsを地域固有の活動をベースにした取り組みに置き換えたものがマザーレイクゴールズ(MLGs)で、琵琶湖版SDGsです。
★Mother Lake Goalsとして次に示した13の活動が策定されました。
ゴール1 清らかさを感じる水に
アオコや赤潮などプランクトンの異常発生が抑制され、飲料水としても問題がなく、思わず触れたくないような清らかな水が維持される。
ゴール2 豊かな魚介類を取り戻そう
在来魚貝類の生息環境が改善し、資源量、漁獲量が持続可能な形で増加するとともに、人々が湖魚料理を日常的に楽しむようになる。
ゴール3 多様な生き物を守ろう
生物多様性や生態系のバランスを取り戻す取り組みが拡大し、野生生物の生息状況が改善するとともに、自然の恵を実感する人が増加する。
ゴール4 水辺も湖底も美しく
川や湖にゴミがなく、砂浜や水生植物などが適切に維持・管理され、誰もが美しいと感じられる水辺景観が守られる。
ゴール5 恵み豊かな水源の森を守ろう
水源涵養や生態系保全、木材生産、レクリエーションなど多面的機能が持続的に発揮される森林づくりが進み、人々が地元の森林の恵みを持続的に享受する。
ゴール6 森川里湖海のつながりを健全に
森から湖、海に至る水や物質のつながりが健全に保たれ、湖と川、内湖、田んぼなどを行き来する生き物が増加する。
ゴール7 びわ湖のためにも、温室効果ガスの排出を減らそう
日常生活や事業活動から排出される温室効果ガスを減らす取り組みが広がり、琵琶湖の全層循環未完了などの異変の進行が抑えられる。
ゴール8 気候変動や自然災害に強い暮らしに
豪雨や渇水、温暖化などの影響を把握・予測し、そうした事態が起きても大きな被害を受けない暮らしへの転換が進む。
ゴール9 生業・産業に地域の資源を活かそう
地域の恵みを活かした商品や製品、サービスが積極的に選ばれ、地域ないにおける経済循環が活性化し、ひいては環境が持続的に守られる。
ゴール10 地元も流域も学びの場に
琵琶湖や流域、自分が生活する地域を環境学習のフィールドとして体験・実践する機会が豊富に提供され、関心を行動に結びつけられる人が増加する。
ゴール11 びわ湖を楽しみ、愛する人を増やそう
レジャーやエコツーリズムなどを通じて自然を楽しむ様々な機会が増え、琵琶湖への愛着が育まれる。
ゴール12 水とつながる祈りと暮らしを次世代に
水を敬い、水を巧みに生活の中に取り込む文化や、水が育む生業や食文化が、将来世代へと着実に継承される。
ゴール13 つながりあって目標を達成しよう
年代うあ性別、所属、経験、価値観などが異なる人同士、また異なる地域に住まう人同士がつながり、琵琶湖や流域の現状、これからについて対話を積み重ね、その成果を共有できる機会が十分に提供される。
MLGsをきっかけにした様々な活動がすでに行われています。詳しくは以下のネット情報で確認してください。
3. 琵琶湖環境問題の歴史的変遷
滋賀県の環境にとって大きな位置を占める琵琶湖は大きな変化を遂げながら今日に至っています。
1960年には農薬汚染や工場排水による公害問題、1970年代では淡水赤潮の発生から石鹸運動が起こっています。
石鹸運動
滋賀県の歴史の中で石鹸運動は大きな位置を占めています。
始まりは赤ちゃんのオムツかぶれや主婦湿疹などの健康被害でしたが、赤潮の発生、水道水の異臭などの問題発生から主婦が立ち上がり、きれいな水と命を守るために「合成洗剤追放全国連絡会」を結成したことに始まります。
この運動は全県的運動に展開し、日本で初めて窒素及びリンの排出規制が施行されるにいたりました。
1980年代には下水道の整備などの琵琶湖環境対策が広がり、現在に至っています。
1972年に始まった琵琶湖総合開発は水資源開発、洪水対策、自然環境保全、水質の回復など様々な事業が推進されました。
総予算1兆9千億円中約26%を占めるのが下水道の整備です。
この結果、チッソとリンの琵琶湖への流入量が継続的に減り続け水質はきれいになりました。
赤潮の発生もほぼない状態を維持できています。課題が無い訳ではなく、アオコの発生は横ばい状態が定着しています。
そして現在、富栄養化は防げて水はきれいになったが、魚の漁獲量の減少、外来魚の増加、水草の大量発生などの別の課題が顕著になっています。
これは単純な原因では測れない複雑な要因が重なって起っているようで今後の課題になっています。
4. 魚が少なくなった原因
昭和30年代に比べて、シジミに代表される貝類は大きく減り続けています。
漁業の中心であるアユは漁具が開発されて一旦増加した時期もありましたが、1980年ごろをピークに減り続けています。
ビワマスのように横ばいの魚もいますが、フナ、ホンモロコのようにある時期から突然取れなくなった魚もおり、それぞれ特徴のある減り方が確認されています。
魚が少なくなった原因は多くの要因が魚の種類によってさまざまに関係しているようです。
気候変動、河川開発、瀬切れ、内湖干拓、圃場整備、水位操作、護岸工事、外来魚、えさ不足などの要因が挙げられます。
もう一つ南湖で顕著なのが水草の問題です。夏には水面を覆いつくすほどの水草が繁殖しています。
この水草は外来種も含まれますが、多くは日本の在来種です。
5. 気候変動
滋賀県の平均気温は100年で1.4度上昇しています。
結果として琵琶湖の全層循環が起きない年が確認されるようになりました。
生態系に影響を与えるだけではなく、ヒ素などの有害物質の溶出をおこすこともわかってきています。
水は摂氏4℃の時密度が高く、重いことが知られています。
深い湖底の温度は6~8℃くらいなので冬に湖面の水が4℃くらいに冷やされることが必要条件になります。
これで湖全体に酸素を供給することができるので生体系を保全できるのです。
気候変動は積雪の減少、水の流量負荷の影響、動植物への影響、漁業への影響など広範囲に影響する問題です。