檀上 俊雄先生
日本旅のペンクラブ会員
平成 28年 9月 2日より「水源の森から自然を学ぶ」と題して新しい授業がスターした。
基礎である自然の歴史、自然を知る視点、実践的自然を知ると題して授業を受けた。普段当たり前の自然を
改めて視点を変え、特にびわ湖の成立ちの歴史から人間が如何に暮らし恵みを受けたかの学びがスタート。
国土地理院の地図 |
檀上先生より、国土地理院の地図検索方法を学ぶ。 初めて見る国土地理院で滋賀の地図を出し、各地の 海抜高度、記号、等高線の見方などを学ぶ。 左の地図は国土地理院から長浜市早崎ビオトープ付 近を掲載。 びわ湖の水位、各山の海抜高度などとても便利な地図と知る。 また、地理測定に必要な三角点の存在なども知る。 びわ湖の水源となる滋賀県の水源地や一級河川の説明を 受け、びわ湖淀川水系の源を学ぶ。 |
芹川水源の源流を目指し米原校を9時スタートし、米原市の高速道路米原インター横から林道へと向かう。
国道21号線・三吉から米原工業団地横から林道に入り水源の森に入る。
鎌刃城跡の説明を受ける生徒 鎌刃城跡の案内看板 この付近から石灰岩が多くみられる地表であった。 むき出し状態で大きな石灰岩層である事がわかる。 この周辺は霊仙山(1094m)を中心に多くの山が 点在し、多くの谷沢を形成している。 降った雨は石灰岩層を通り、谷沢より数多くの水源 として湧き出ている。 |
林道を進むと一学年の中山道・番場宿で習った鎌刃城跡の 城跡300mまで来た。林道が鎌刃城跡の付近まで来ているので 生徒全員驚きだった。 300m尾根を下ると鎌刃城跡へつながっている。 先生から鎌刃城の説明をうけ、いよいよ水源の森へと入る。 国史跡 鎌刃城跡の説明看板 いよいよ山登り開始 松尾寺跡の看板 案内看板が設置してあり、地元の方のおかげで 整備された山道でした。 |
尾根途中で急に視界が広がる場所に出た。ここは番場地区の方が絶景ポイントとして整備。
びわ湖・米原市・遠くは小谷城まで見渡せる。木を伐採し撮影ポイントとしては絶好。
鎌刃城時代は京極氏の拠点として米原・長浜が一望でき地形的に重要地であった
この水源は米原市へと流れる
水の源とは石灰岩の小さな隙間よりコンコンと湧き出ていた。これが水源 ?
林道から県道239号線を通り、芹川の源流へと向かう
県道239号線から河内の風穴方面に谷沢を登ると権現谷へと行く。この上流が芹川の源流となる。
芹川の源流域には多くの集落が点在していたが移住し、現在でも少なくなったが幾つかの集落がある。
平成28年 11月 4日 JR余呉駅 9時 30分集合し、ウッディパル余呉へ向かう。
森に囲まれたコテージやキャンプ場宿泊設備の充実した施設で、家族みんなで楽しめる場所である。
年間を通じてキャンプを始め、グランドゴルフなど自然の森の中にあるアクティビティが充実した施設です。
支配人から施設・年間イベントの紹介など説明を受ける。
右 越前 左 敦賀のひらかなの文字 どの時代の標識かわからないが、柳ケ瀬の地 で二つの分岐点として右が栃ノ木峠を経て今 庄へ抜ける北国街道。 左が敦賀道から若狭街道への案内と分かる。 柳ケ瀬には今も本陣跡があるとの事。 |
中河内集落へ向かう途中、戦国史で有名な柴田勝家が 豊臣秀吉と戦った賤ヶ岳合戦の舞台となった城・玄蕃尾城 跡看板で説明を受ける。北国街道の宿場として発展した地でも あり普段は北陸道で通り過ぎてしまうが近くでみる機会を得た。 今はひっそりとした地であった。 檀上先生より柳ケ瀬の説明を受ける ひっそりとある柳ケ瀬の看板 |
さすがに遠かったが中河内集落に到着した。 檀上先生の話によれば集落の人口も減少しているとの事。
11月 4日の日に訪れたがすでに屋根のたる木に雪対策用柱を設置しておられた。これもびっくり・・・
豪雪地帯なので屋根が殆どトタン葺き、国内でも有数の積雪地域との説明。それでも昔訪れたことがあるが、今は道路も
整備されており、冬季を除けば自然いっぱいの風景。
中河内集落にある本陣跡 廣峰神社 中河内集落の説明を受ける
中河内集落も一時は北国街道の越前と近江の重要な峠前宿場として栄え、本陣もあった場所だった。近世時代に現在の国道
8号線の街道整備により寂れていった。旧街道は廣峰神社の裏側に現在も残り当時のなごりを残す。
柴田勝家が三間幅の道幅整備をし、自ら北の庄へ退却した街道は有名な話です。豊臣秀吉も北の庄へこの北国街道より攻め入り
柴田勝家を滅ぼした街道でもある。
途中、元ベルク余呉スキー場跡地からの見る上谷山、三周ヶ岳、三国岳が連なり、ブナの原生林が今も残るとの事
東方向に見える連山の谷沢が高時川の水源となっている。
晩秋の絶景が漂う周辺の景色と説明を受ける生徒達
栃ノ木峠に到着する。この峠は滋賀県と福井県の境に位置し、柴田勝家が3間道として拡張した北国街道が通る峠。
栃ノ木峠の横には余呉高原スキー場があり、冬季でもスキー客用に除雪された道がある。
この付近も高時川の水源の一つとして流れる。 流れた水はびわ湖へと注ぎやがて淀川として京 阪神へと流れる。びわ湖最北端の水源である。 ここには栃ノ木峠の由来である大木「栃ノ木」が ある。今はスキー場の端にひっそりとあった。 |
栃ノ木峠付近の石碑 ここで淀川の文字と会えるとは |
今はひっそりと立つ栃ノ木 近くの水源 近くには小さなお堂がある
どこまで滋賀県、どこから福井県か境ははっきりしないがいくつもの看板が設置され周囲は自然がいっぱい !!
芹川・高時川水源の森フィールドワークに参加し、私たちの体験は自然界のごく一部であることをまず認識した。
水の源流は豊かな自然の中、時間軸が我々人間軸と異なり、緩やかな中、形成されていることを知った。自然界が
我々を包み込んでいる。時に自然は怒り災害が発生する。今回のフィールドワークに参加し、痛切に感じたことは人間
社会の営みなど自然から比べたら如何に小さいかである。しかし自然破壊するのは我々人間であり、考えさせる授業
でした。
檀上先生と自然界に感謝、感謝 !!
「水源の森から自然を学ぶ」と題して4回の授業の最終日は各生徒がテーマを選定し、発表の授業となった。
発 表 テ ー マ | 内 容 | ||
1 | 洪水との戦い | 姉川下流域(旧びわ町付近)洪水の歴史 | N氏 |
2 | 矢倉川 (今・昔) | 彦根市東部を水源とし、松原へ流れる川 | N氏 |
3 | 丁野木川と内湖 | 早崎ビオトープ付近内湖の今と昔 | M氏 |
4 | 私の生まれ育ったびわだ川 | 米原市(旧近江町)を流れる川 | M氏 |
5 | 須田川 | 東近江市(旧能登川須田町)を流れる歴史と源流 | K氏 |
6 | 守山市の河川 | 守山市を流れる河川の歴史と治水 | S氏 |
7 | 宇曽川の源流からびわ湖まで | 宇曽川の源流から荒神山びわ湖岸まで | T氏S氏 |
8 | 四手川を探る | 多賀町の四手川源流を訪ねて | S氏 |
9 | 伊勢湾台風による草野川上流の大氾濫 | 長浜市高山町・伊勢湾台風の被害 | T氏 |
国土地理院地図を基に各テーマを発表する北近江文化学科生徒
解説する先生 熱心に聞き入る生徒 |
「水源の森から自然を学ぶ」の授業を通じて多くの 事を学んだ。 〇地形を知る国土地理院地図の活用方法 〇自然から学ぶ水源の大切さ 〇フィールドワークの楽しさ 〇水源の歴史と守る大切さ 〇各自ができる身近な調査・探求 |
私たち身近にある水源の森から多くの事を学ぶ楽しさと、視覚を変えて多くを知る方法を教えていただいた。
固くなった生徒達の頭が少し柔らかくなった「水源の森から自然を学ぶ」授業でした。
北近江文化学科も課題学習資料作成が始まり、国土地理院地図を多いに活用し進めていきます。
檀上先生にはたいへんお世話になりました。ありがとうございます。
檀上先生に感謝 感謝 !!
挨拶をする副学科長
毎度ながら先生を囲んで昼食会でした。今回もごちそうを頂き新たな気持ちで12月から紙芝居に取組みます。