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                                                                           ※順不同:敬称略
発表者     発 表 テーマ コ メ ン ト [要点)
石山 昌憲    おだまき・しずか・・・・・    私は現在、詩吟を習っていますが、

錦城流の吟詠教本 37に「静御前 頼山陽」が有り、「苧環」を知りまし

た。この漢詩は、私の好きな詩の一つですが、先日、民俗学の校外研修で、

@伊吹山文化資料館 及び、A滋賀大資料館に行ったところ、どちらにも、

麻は巻かれていませんでしたが「苧環」が有りました。

又、伊吹山文化資料館には、同漢詩に出てくる「繰車」も有りました。

今岡 多望    母の遺品から(古銭のお話)   
 今掘 敏仁    わが家における民具と我が町の風習  

『“今回の学習目的として「昔の暮らしを調べ、先人の知恵を知り、未来に生かす”

 より、我が家にある民具現物(上記写真7枚)を出してみて、当時の暮らしを

 想像してみました。

 メインのテーマ「食文化の変化に伴う習俗の変遷」を中心に「茶粥」の習俗と

 その作り方を発表しました。今後の課題として、滋賀県で共通したデータより

 より一歩深く調査、研究してみたいと考えていいます。」

                               今堀

 上田 常雄   粕漬け・沢庵の漬け方   
奥長 裕幸    浅井町の神事(オコナイ)

神事(おこない)

 春に先立って、湖北地方では(神事・おこない)の行事が村毎に行なわれます。

 今回の発表は、自分の故郷の神事を如何に伝承していくかを検証し、未来に続

 けるためには、改善・改革し乍、時代に会った継承が必要で、それの実践例と

 して我が町の神事(おこない)を紹介しました。 

 勝田 裕市   めじろの籠つくり   
五月女 裕     馬車道について  

私が長浜に来て約43年、通称「馬車道」と呼ばれる道が近くにあることはすぐわかりましたが、単純に昔馬車が走っていたことがあったのだろう位でその経緯・内容は知りませんでした。

 今回調査した結果、明治の始めに6年間だけ運用された鉄道、関ヶ原−長浜線の跡地に、明治の終わりから昭和の始めまで乗合馬車が走っており、乗合バスの大型化に伴って消えていったことがわかりました。

 交通網が発展する前の貴重な住民の足であったと思います。

参考資料 @馬車道物語 A写真集長浜百年リンク B旧関ヶ原−長浜線に関するブログ3

発表者 五月女 裕

諏訪 俊雄    滋賀県の古民家   

・日本の農家の間取りは、主に暖地系の「田の字型」と寒地系の「広間型」に分けられる。滋賀県もその大部分が「田の字型」であるが 湖北には「妻入り広間型」も多い。

  ・一方、滋賀県の民家に対し、「余呉型」 「伊吹型」「湖西北型」「湖東型」「湖南型」「安曇川流域型」「大浦型」と分類することもある。 余呉型(写真下右)

 ・滋賀県には古民家が多く残っており、2000年初頭には余呉型23戸、大浦型12戸、湖東型19戸、湖南型17戸など約80戸もあり、特に 湖北に多いようである。

高橋 勘太郎    私の生まれ育った地   私が生まれ育った地「長沢」の歴史を見つめ、変遷を文献でたどった。 また、史跡であり観光地の寺院「福田寺」の由緒書により、由緒 浅井長政や井伊家と関係を探った。
文 献   角川日本地名大辞典 25 滋賀県 福田寺由緒書
竹内 和美    お香・香合・香木   
中野 伸生    左義長の起源と云われ(及び近江八幡の左義長祭りについて)    近江八幡に左義長祭りがありますが、なぜ3月に祭りがあるのかな・・・と思ったことです。

(通常日本の常識として、1月中頃にどんど焼きとして開催されているのが一般的と思っていたので)

そこで、ネットで"左義長とは"と検索して、左義長の起源を知るとともに、八幡神社に出向き、現地調査を行いました。

橋 喜代司     繊維のお話  
 藤岡 哲夫    牛のワラジの伝承 1977年1月30日の読売新聞に、『わが町」の特集記事が掲載されており、 その切り抜き記事の紹介(私の住んでいる、地名の謂れ・当地区の「神事」について・地区民総出で雪かき作戦・老人、子供だけが留守番・・・・・・等)その中に「牛のワラジの伝承」の記事が・・・・・・その切り抜き記事へ
記事を要約しますと、旧家を取り壊した時に、主柱に「牛のワラジ」がススまにれで見つかり、以前からの言い伝えで、「北国街道を通る牛が落としていった新しいワラジをだれにも知られず、拾って帰り、屋根裏の主柱にくくりつけておくと災難除けになるという言い伝えがあり、この言い伝えが実証された。
 布施 征男    民俗学と私  
森口 康恵    昭和30年代の記憶遺産   
 山本 哲夫    そろばんの歴史と算術文化   テーマ選定の動機は、算盤発祥地を兵庫県小野市と誤認していた事です。滋賀大資料館学習で大津から全国に普及した事を知り、翌日、図書館の「滋賀県百科事典」にて、大津算盤の概要調査を行いました。

   そして、三井寺の算盤碑を訪ね、隣の大津歴史博物館[東海道の広重特別展も面白かった]や五個所近江商人資料館で詳細学習をしました。算盤が現代に及ぼした効果効能は、幼い時に親から教わった事も思い出しながら、15分程度の内容に校正しました。

    もう少し発表時間があれば算盤用語の湯加減はどう!の「加減」や、「算段/目算/懐勘定/山賊と算賊/十露盤とそろばん」等の、おもしろ裏話し取り入れを構想しておりましたが、時間都合で大半をカットしました。                                                                                                                                                          ・・以上・・

                                                              ※ コメントは、10/20/2015現在投稿文を記載。






























古民家写真(上:中の河内:下左:大浦:下右:余呉古民家)






















今掘さん投稿写真
 
わが家における民具と我が町の風習

































「牛のワラジ」の伝承」
1977年1月30日読売新聞切り抜き「わが町」




























「そろばん」アラカルト

 その「国産算盤」が大津で誕生し、全国拡大の起点になった事に焦点を当てました。

今後も読み・書き・算盤から拡大した、計量文化/珠算文化/記帳文化/商家文化/主従文化と
「近江の歴史・近江商人の神髄」を絡めて、学習[課題学習]を展開します。

 ★ご破算に願いまして〜原点[ゼロ]に戻して再開始準備する。/逆に「破産」したくな  いとの強い願望も感じられる言葉です。

 ★加減〜文字の通リ、加えたり戻したりする事で、状況に応じて迅速に調整する。しかし、「曖昧」さの意味でも使われます。
要は、2面性を持っている言葉です。

 ★十露盤と算盤〜中国語のソワンパン説や日本独自の十露盤説など多数の説があり、語源

が定かでは ありません。これは逆に、日本全国幅広く普及した証拠でもあります。

 ★山賊と算賊〜昔は「おいはぎ」の物取り山賊が主流でしたが、江戸中期以後山賊が激減し、 詐欺まがいの騙し・惑わし犯罪が急増した事から
「算賊」と呼ばれ
  た。現在にも同じ様な手口が、まんえんしております。算盤に関連する「言葉・川柳・当時の流行語や名言・ことわざ」が多数残っている。

                                                                              情報提供 :    山本・・以上









































往時の駅馬車