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薬草について学ぶ
~薬草園の見学~
(伊吹薬草の里文化センターにて)
(谷口館長・柏渕宏昭先生)
レイカディア大学
彦根キャンパス
園芸科44期生
広報部会編集
更新日:令和5年6月16日


なんて我々44期生園芸学科生は幸運なんだ。

梅雨入りして、立て続けに台風が接近。梅雨前線を刺激。
          大方の予想は☂なのに、今日の校外学習も雨降らず。
 そんな天候の下、伊吹薬草の里文化センターの谷口館長さんから薬草園で薬草等の丁寧な説明をしていただき、後半と午後からは、滋賀の食事文化研究会会員の粕渕宏昭先生から、伊吹百草についてユーモアたっぷりの講義を受けました。
                 暫し時の過ぎするのを忘れてしまいました。


伊吹山には、固有の1300種の植物と、280種類の薬草が自生しています。
1500mの低山 (伊吹山は標高1377m)にもかかわらず、高原植物の自生が多いのは、日本海から太平洋への風の通り道となり、ミスト状態となり植物の自生環境が整っている稀有な山とのことです。
最近は獣害の被害が酷いそうである。

『雑草という草はない』 ~牧野富太郎博士の言葉~

植物は人間がいなくても少しも構わずに生活するが、人間は植物が無くては生活の出来ぬ事である。
そうすると、植物と人間とを比べると人間の方が植物より弱虫であるといえよう。
つまり人間は植物に向こうてオジギをせねばならぬ立場にある。
『牧野富太郎 植物博士の人生図鑑』より 著者/牧野富太郎 出版社/平凡社


【谷口館長】

【当帰】

【キリンソウ】

【延命草】

ツリガネニンジン】

【クズ】

ヤマシャクナゲ

ジャケツイバラ

ワレモコウ

葉書【タラヨウ

クルミ

カラタチ

アスナロ

 【あすなろ】  『あすなろ物語』「井上靖」
  明日はヒノキなろうと、、、。中学生だったか、高校一年生ごろに読んだ小説。

4月3日(月)よりNHKの連続テレビ小説『らんまん』の放送が始まりました。
日本が世界に誇る偉大な植物学者、牧野富太郎をモデルにしたオリジナルストーリーです。
 その牧野博士と同様に、薬草について大変思慮深く含蓄のある粕渕先生の講義は、
巧妙な話術で私たちを楽しいひと時に運んでいただきました。

粕渕宏昭先生

【平瀬作五郎著】

【村松七郎著】

=名言=
     『いかに知的に生きるか 死ぬまで勉強 !!!」』 ~粕渕宏昭~


=おまけ(その1)=
講義の中で、植物の名が入ったことわざを言われました。
「親の意見と〈茄子〉(なすび)の花は千に一つも仇(あだ)はない」
親の意見は、子どもの将来を思ってのことであり、茄子の花と同様に一つとしてむだがない。
茄子には徒花がほとんどないことを引き合いに出し、親の意見に耳を傾けるように説いたもの。


植物の名の入ったことわざはたくさんあります。
それだけ昔から人々の生活に深くかかわって、なくてはならない植物。
植物から教わることはたくさんあります。 謙虚に耳を傾けましょう。


=おまけ(その2)=
粕渕宏昭先生の講義の中で、特に時間をかけて講義されたのは、シーボルト事件南方熊楠平瀬作五郎村松七郎でした。

《シーボルト事件》
江戸時代の日本に近代的な医学を伝えたこと。禁制の地図を持ち出し国外追放になったシーボルト事件のことなどがよく知られている。
国外追放に象徴されるように、彼はオランダ政府から日本の博物とその情報の収集、医学技術の伝授という特殊な任務のために日本に派遣されてきた人物なのである。
シーボルトは国外追放処分となり、1830年にオランダに帰国します。
この際に日本で収集した文学的なコレクション、様々な動物・植物の標本を持ち帰っています。
この持ち帰った資料を基にシーボルトは日本についての研究書である「日本」や日本の動植物を紹介する「日本動物誌」「日本植物誌」などを出版します。

という事で、今日、日本に無い、「日本動物誌」「日本植物誌」はオランダで閲覧できます。

南方 熊楠 (みなかた くまぐす)1867年4月15日~1941年12月29日
南方熊楠は、和歌山県が生んだ博物学の巨星。
東京大学予備門中退後、19歳から約14年間、アメリカ、イギリスなどへ海外遊学。
さまざまな言語の文献を使いこなし、国内外で多くの論文を発表した。
生涯、在野の学者に徹し、地域の自然保護にも力を注いだエコロジストの先駆けとしても注目されている。
南方熊楠は、18ヶ国もの言語を操り、14年間に渡り海外を放浪。博物学や民俗学、植物学では近代日本の先駆的存在である。

(下)『和漢三才図会』の写し書き。


天皇を虜にした粘菌研究。
熊楠最大の研究対象は粘菌(変形菌)で、約7,000点の標本が残っている。
1929年には田辺湾の神島で昭和天皇へ粘菌に関する御進講。
生物学研究者であった天皇は時間を延長されて楽しまれたという。



(上左)粘菌標本をキャラメルの空き箱に入れて献上。熊楠を表すエピソードとして語り草になっている。
(上右)熊楠が発見した新種粘菌“ミナカテラ・ロンギフィラ”。

平瀬作五郎
シダ類などには精子があるのは知られていたのですが、木々にもそのようなものがあるのはまだ知られていませんでした。木々ではイチョウだけだそうです。イチョウの精子の発見は、日本より海外での評価が高かったそうです。
平瀬作五郎は絵画の技工者として学校で教えていたのが、東京大学の植物学教室で助手として職を得て行った研究です。当時は学者としての学歴?がないと研究も正当に評価されなかったようです。
研究室のトラブルに巻き込まれ、職を辞して今の彦根東高校に先生として赴任しています。
その後、平瀬作五郎は、粘菌を発見した南方 熊楠と共同研究をしています。
当時、東大の植物教室には、牧野富太郎も助手でいました。
牧野富太郎も同じく、学校での正式な教育を受けていない人でした。

研究を始めてから3年、毎日毎日たくさんのギンナンを顕微鏡で観察し続けた作五郎の努力が見事に実を結んだのでした。
1898(明治 31)年、作五郎はこの成果を、顕微鏡で観察して描いた正確な図を添えてフラ ンス語の論文で発表しました。それは、植物の進化のなぞを解く大発見として世界に認められました。



村松七郎 1899年~1985年
花の解剖図説 : 写生画並に図解説明文村松七郎 著村松七郎
1984.11彦根の植物村松七郎 著村松七郎
1982.4彦根山・佐和山対照植物目録 : 彦根城城山植物誌補遺3村松七郎 著村松七郎1981.2彦根の植物村松七郎 著村松七郎
1980.3博物科の実地指導学習園村松七郎 著日本園芸研究会