国宝 菅浦文書の地     長浜市西浅井町・菅浦を訪ねて   TOPに戻る

                         みなよし会(37期 北近江文化学科卒業生)
                         みてみーな会(37期 健康レクレーション学科卒業生)
                         みつわ会(38期 北近江文化学科卒業生)


 
 令和元年5月15日、みなよし会・みてみーな会主催で、昨年国宝の指定を受けた菅浦文書の地(長浜市西浅井町菅浦)を訪れた。
 先輩からみつわ会にも話があり参加した。(19名参加)


 「菅浦文書」とは
 菅浦とはびわ湖の北端に位置し、現在の長浜市西浅井町菅浦の地に中世時代から伝来した共有文書あった。鎌倉時代から
 江戸時代に至る総数1,281点を数える。菅浦文書(65冊)と菅浦与大浦下庄堺絵図 (1幅、「菅浦絵図」)から構成され、大正5~6年に
 かけ「開けずの箱)から発見された。
 その内容は菅浦の歴史を反映し多岐にわたっているが、特に「」を中心とする中世村落の具体相を伝えた「中世村落文書」の代表と
 して、わが国の歴史上において名高い。(長浜市 学芸専門監 太田 浩司氏 資料から引用)
           平成30年10月31日に菅報告示され、正式に「国宝」となった。

 また、びわ湖の中でも陸の孤島とも言われ、近世時代に道路が整備されましたが、それまでは船が唯一の交通手段で、現在も古き時代
 の景観が残され、重要文化的景観として選定されています。

中世の村  菅浦
歴史と伝統を今に伝える
 
東側から観るびわ湖と菅浦集落 


  
    西の「四足門」
      
集落の入口に過去には四門と伝わり、今は
      
二門が残る




 
          現在の須賀神社
     
近世時代に三社を合祀して須賀神社となる
 

 
      菅浦は今も城郭のような石組
      
石組まで浜辺が迫り、近世に埋め立て

                        
                   今は道路だが昔は浜辺                 歴史が伝わる菅浦郷土資料館

 
    菅浦の位置をジオラマ模型で検証
     
ジオラマでわかるびわ湖の陸孤島・菅浦




 
       古文書も多く展示されている
         古文書は読めないが達筆

  
    菅浦のガイド 栁原 治男さん
       
詳しい説明で皆さん納得

 
    資料館前から栁原さんのガイド始まる




 
        須賀神社鳥居前にて
           
立派な参道が続く
 
 
         須賀神社 本殿
 
        拝殿での参拝は靴を脱ぎスリッパで

 
     須賀神社の高台からみる菅浦集落



 
        安相寺 (真宗本願寺派)
   やたらと寺・神社が多いが、合祀されて少なくなった
       どの寺・神社とも立派な石垣であった

  
     淳仁天皇の菩提寺長福寺跡

ガイドの栁原氏と全員集合写真(東の四足門前にて))
  

 「菅浦文書」の西浅井町菅浦を訪ねて

 絶好の天気に恵まれ、先輩方と訪れた菅浦は歴史が今に残るずばらしい地があった事を知らしめる旅でした。
 独特な四足門から始まり、多くの歴史を伝える景観が現在まで維持されている。菅浦住人の思いが伝わる。
 ガイドの栁原 治男氏から多くを学び、感謝、感謝 !!

 郷土の歴史家らしく、すべての歴史を教えていただきました。ありがとうございます。今後のご活躍を期待します。

 現在の菅浦集落も過疎化が進み、人口・住居件数とも減少になっている。

 また訪れたみたい「菅浦文書」・古き景観が残る菅浦集落でした。

                             皆さん、機会があれば訪れてください


北淡海・丸子船の館を訪ねて
  
  当日は、西浅井町大浦にある「北淡海・丸子船の館」も訪ねた。
  大浦は中世時代から近江塩津湊と同じく湊があり、びわ湖湖上を大型丸子船が往来し、物資の交易湊として栄えた湊である。
  「丸子船の館」には近世時代に活躍した丸子船が展示され、当時の繁栄をみる事ができる。 

  荷上げされた物資は馬や人力で深坂峠を越え敦賀湊へと運ばれた。また、敦賀湊、荷上げ物資は大浦湊へ運ばれ、びわ湖湖上を
  丸子船が往来し、物資を大津・堅田湊、京へと運んだ。

  保存されている丸子船も大津の堅田湊へ向け活躍していた一隻である。
  現在の大浦集落には当時を忍ばせる物は少ないが、湊の石組・問屋跡などが残る。
 

 
  北淡海・丸子船の館 正面から  
 
    
  大きな木製の看板が目印で、館と併設に立派な民族資料館もある

  
   実物の丸子船
(目の前で見ると大きい)

    
   丸子船の船内も見られる             元知事 谷口久次郎氏がモデル
 

  
  明治時代に書かれたびわ湖を中心とした地図
     何となくびわ湖と分かるが地名も位置も ?

      
     多くの丸子船の資料と大浦湊ジオラマ模型が設営されている

  

        
   館内には民族資料も多く展示されている

     
   懐かしい古い農工具を見ながら、民族学・粕渕先生の話が話題に
 
 在校生の時、課題学習で北淡海の街道をテーマとし、ここ「丸子船の館」も訪れた場所であったが、再度の訪問もしてみると同じ場所
 ながら違った感覚でみる事が出来た。

 みなよし会・みてみーな会、皆さんの出会いに感謝する研修会でした。

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